新畑 克也,KALADAN ~ミャンマーの西の果て ロヒンギャの村から~

KALADAN ~ミャンマーの西の果て ロヒンギャの村から~
新畑 克也
   3/20 up

ミャンマーに魅了された写真家は、何度目かの旅の途中で「世界で最も迫害されている少数民族」と呼ばれるミャンマーのイスラム教少数民族、ロヒンギャに出会う。
メディアで報道されるロヒンギャの人々は悲しみに満ちた表情しか浮かべていないが、実際に会った彼らは生活は貧しくも穏やかな表情とやさしさにあふれていた。
写真家はそんな彼らの知られざる本当の姿にスポットを当てた。

岩男 直樹,トーキョー・ブルース ~Tokyo Blues~

トーキョー・ブルース ~Tokyo Blues~
岩男 直樹
   3/20 up

記憶する眼をもつ、野良犬の如く、写真家は東京の街を彷徨う。都会の雑踏の中、写真家は孤独と向き合いシャッターを切る。
一枚の写真に凝縮された街の人間模様はどことなく哀愁が感じられ、まるでブルースを聴いているようだ。そのハイコントラストでざらついた描写は見る者の心に確かな痕跡を残す。
オリンピックを控え、刻々と変化し続ける「東京」の今を切り取るストリート写真誌 「VoidTokyo」設立メンバー。

高梨 豊,SAGAESCAPE

SAGAESCAPE
高梨 豊
   

写真家は撮影中の事故により生死を彷徨う大怪我を負い、今も首から下に麻痺が残り車イス生活を余儀なくされる。絶望の淵にあった彼はウィルチェアーラグビーと出逢い、生きるチカラを取り戻した。自らも選手として活動していた所属チームの存続を支援する写真集を作るため、彼は再びカメラを手に取った。この作品は故郷山形のスケートパークに集う若者たち。シャッターを切れるのはわずかに残った左手の握力だけ。だが、その迫力ある写真は見る者の心を捉えて離さない。

Ash,Street of Tokyo

Street of Tokyo
Ash
   

渋谷ばかり撮っている。
写真家はあてどなく街を徘徊し、いつものように渋谷の街を撮影する。
若者の街と言われる渋谷だが、撮影していると様々な世代の人がいることに気づかされる。
老若男女、国籍問わず雑多に人々が行き交うその光景は、東京という都市の縮図のようだ。
写真家は街を行き交う人々の表情を追うことで、東京という街のアウトラインを炙り出す。

山本 瑞穂,補集合_2

補集合_2
山本 瑞穂
   

写真家は約3年ぶり2回目のshowcase登場となる。
前回、作品を発表したとき写真家は芯をぼかすような描写を好んだ。それはありのままの自分を見せることへのためらいだったのかもしれない。触れたら消えてしまいそうだったシャボン玉のように不安定だった内なる自分から、確かな輪郭のある形のあるものへの回帰。解決してくれたのは時間なのか?これはひとりの女性の心の旅の軌跡。

sprout,静かな喜び

静かな喜び
sprout
   

ここは冬の琵琶湖の湖畔。
どんよりとして、まるで色の抜け落ちたかのような静寂な景色は、眺めているだけで心が落ち着く。この風景を求めて、写真家はあえて曇の日にしか撮影をしなかったという。写真家は自分だけの秘密の場所に出会えたようなそんな静かな喜びを表現した。
大阪・南船場のギャラリーアビィ主催、「第9回ギャラリーアビィ オールスターズ戦」で1位になったことを受けて発表された作品。

イスナ村の少女キンレー Bhutan,関 健作

イスナ村の少女キンレー Bhutan
関 健作
   

写真家は約10年、ブータンと深く関わりを持って来た。3年間教師として現地の子供を教え、ブータンの風土と人々の温かい人柄に魅了され、写真家の道を志した。
ここはブータンの唯一の国際空港があるパロ近郊のイスナ村。産まれた時から知る少女キンレーは人懐っこい少女に育っていた。ブータンの伝統や習慣が根付くこの村にも経済発展ともにライフスタイルに変化が出てきた。そんな彼女と村の生活を写真家は丁寧に写し撮った。

砂の顔,岡田 将

砂の顔
岡田 将
   

これは、1mmの砂つぶを光学顕微鏡で撮影したミクロの世界。
遠く離れて見ればひとつに見えるものでも、近く寄って見れば十や千の存在かもしれない。
私たちが暮らしているこの大地も突き詰めていくと1mm程度の砂つぶに行き着く。
日常では見ることのできないその小さな小さな物質は、いったいどんな形をしているのだろうか?
写真家はそんなミクロの世界の砂つぶの表情に迫った。

霧のあと - Trace of fog -,阿部 祐己

霧のあと - Trace of fog -
阿部 祐己
   

かつて写真家が幼少期に足繁く通った長野県・霧ヶ峰は、しばしば濃い霧に包まれ、どこまでも先へ続いているかのような錯覚を覚えるという。春になると、火入れの儀式が行われ、山には火が放たれ、あたりは煙に包まれる。山を覆い隠す「霧と煙」。それは出ては消え、全てを覆うように見えてもどこかへと消える人の世の儚さに似てる。
去年、「新しき家」で2015年 三木淳賞を受賞した写真家の受賞後第一作品。

紡ぐ,小松 里絵

紡ぐ
小松 里絵
   

そこは初めて訪れた時から、どこか懐かしい感じがした。
その地は、かつて母に連れられて来た祖母の故郷だった。私はその場所で娘を撮る。それはまるで一本の糸を紡ぐかのように祖母から母へ、母から私へ、そして私から娘へと家族の絆を結んでいく。
繊細な描写が美しい、四季折々の琵琶湖のほとりの風景。
2016年第5回キヤノンフォトグラファーズセッション キヤノン賞(瀬戸正人氏選)受賞作品。

Calle Esperanza,水渡 嘉昭

Calle Esperanza
水渡 嘉昭
   

スペイン語で「Calle」とは「街路」、「Esperar」は「待つ」と同時に「希望する」という意味。
写真家は、キューバの首都ハバナの旧市街で夕暮れになると人々が玄関先の街路に出てきて思い思いに過ごしている光景に惹かれた。日本では考えられないようなゆったりとした時間を無為に過ごす人々。彼らが期待して待っているものは、この穏やかな生活なのかもしれない。
2015 コニカミノルタフォトプレミオ入賞作品。

Objet,大塚 和也

Objet
大塚 和也
   

古来より日本には「付喪神(つくもがみ)」という観念がある。
草木、動物、道具などが古くなるにつれて霊性を獲得し、自ら変化する能力を獲得するに至るという解釈。
写真家はさながら現代の百鬼夜行絵巻の絵師のように、太陽の光とフラッシュ、超広角レンズを巧みに使うことにより、海辺に点在する無機質な「オブジェ」に生き生きとした命を吹き込んだ。
東京・江東区、自主ギャラリー「TAP Gallery」のメンバー。

生きる、信仰,浅井 寛司

生きる、信仰
浅井 寛司
   

日本とチベット。
土地も歴史も大きく差違のある両者だが、大乗仏教を基とした精神を持つ民族、という共通した繋がりを持つ。
物質的豊かさを享受してきた日本とは対照的に、物質的豊かさに恵まれず厳しい気候や不遇の民族の歴史を持ちながらも、チベット仏教という絶対的な支えを持つチベットの人々。彼らの尊く気高さに満ちた生き方を見て、写真家はチベットの地で「本当の豊かさ」について考える。

新宿ランウェイ,ソトザキケンイチ

新宿ランウェイ
ソトザキケンイチ
   

街を劇場に例えるなら、新宿ほど適した場所は他にはないと写真家は言う。
行き交う人々が互いに交わる事もなくすれ違い、そして交差していくこの光景は、現代社会の縮図ともいえる。だが、人々はそれぞれの行き先で様々な役割を演じ、生活のために生きている。街はそんな人々が役を演じる舞台のようだ。そしてまた今日も人々は新宿という街の舞台に上がるために、ランウェイを駆け抜ける。

In One's Mind,桑原 雷太

In One's Mind
桑原 雷太
   

写真家は新しい何かを求めて世界中を旅してきた。その旅のなかで写真家は初めて訪れた場所なのに懐かしい光景に出会うことがある。
日本の伝統的な世界観に「ハレとケ」というものがある。「ハレ」という祭りと「ケ」という日常。写真家は遠くインドの地でかつて見た光景を重ね合わせる。それは日本だけではなく、世界のいたるところで見られる人間の歴史の原風景。写真家はそんな懐かしい瞬間を求めて、また旅に出る。

Street Scene,南川 誠

Street Scene
南川 誠
   

写真家が光を失うということは一体どんな気持ちなのだろうか?
写真家は大人になってから徐々に片目の視力が衰えていき、今ではほとんど見える状態ではないという。片目の視力を失って最初は街を普通に歩くことも困難だったと語った。それでもカメラを離すことはなく写真家を支え続けたのは「写真家・南川 誠」ならこの写真と誰もが認める写真を撮りたいという想い。Facebookで大阪の街の作品を発表し続ける隻眼のストリートフォトグラファー。

Primal Mement,北 義昭

Primal Mement
北 義昭
   

写真家は世界中を旅し子供たちを撮影してきた。同じ子供は二度と撮らない、その出会いは一期一会。そんな中で出会った子供たちは社会の手垢に汚れていない純粋さを持っていた。その真っすぐに見つめる子供の瞳はこちらの全てを見透かされている気がしたという。
世界中の子供たちと遺跡で構成された作品は、現代で暴くことのできない原子の記憶を写し出している。
これは「原始の記憶」を巡る旅。

Ad City,イチカワ ケイイチ

Ad City
イチカワ ケイイチ
   

街は広告で溢れている。
誰もが見ているのに見過ごしがちな「広告と人の関係」。
すごいスピードで移り変わっていく広告と街を行き交う人々はあたかも当然のごとく同化して、街の風景の一部になっていく。
写真家は、消費のための生産を繰り返す現代消費社会の中に無意識の内に取り込まれながら、その中でたくましくも順応して生きている現代人をユーモラスな視点で切り撮った。

東京ストリート,鈴木 達朗

東京ストリート
鈴木 達朗
   

都会の街を行き交う人々の喧噪とノイズ。写真家は自分の内面にあるぐつぐつと煮えたぎる焦燥感、緊張感をストリートにぶつける。かつてパンクミュージックに魅せられた写真家は、東京の街のノイズとビート感を劇的なまでに鮮やかなモノクロームの世界で表現した。
インスタグラムで2万人以上のフォロワーを持ち、海外での評価も高い今、東京のストリートを最も撮れる写真家が撮った「東京・渋谷」。

1/f yuragi,Rieko Honma

1/f yuragi
Rieko Honma
   

これはいつか見た夢の中の風景。
私は夢からインスピレーションを得てるんです。と写真家は言った。夢で見た不思議な光景、美しい色彩。起きているときには想像も出来ないような奇妙な出来事...まるで幻のようにぼんやりとしていながら決して消えることのない夢の記憶。
写真家は自分しか見ることのできない夢の記憶を、写真という媒体を通じて、他者と共有する。

花札装束,増田 伸也

花札装束
増田 伸也
   

ある日、母から届いた食べ物が腐っていた。そこにあるのはただの腐った食べ物。だが、写真家は送ってきた人の気持ちを感じ胸がいっぱいになった。それから写真家は朽ちていった食べ物を送り出す儀式として、それらを華やかに飾って写真を撮り始めた。人の思いに物質的な形はない。だから写真家は形ある物を写真に残し、その人の思いを胸に刻む。

歪み - rain and strain,大西 正

歪み - rain and strain
大西 正
   

「雨の日」。
それは私たちが経験するもっとも身近な非日常的な特別な日。いつもの見慣れた街は雨が降ることで視界が一変する。眼の前の風景が歪んで見えるのは、自分の心象風景なのだろうか?写真家はそんな都会に生きる人々の日常をモノクロームで写し撮った。4月に開催した個展も大成功を収め、これからの活躍が期待される写真家が撮った「雨の日の東京」。

20XX: Nagoya,倉科 ジュンペイ

20XX: Nagoya
倉科 ジュンペイ
   

キッカケは森山大道氏の写真集「にっぽん劇場写真帖」。
そこからモノクロームの世界に魅せられた写真家は加速度的に写真の世界に入っていく。
生まれ育った名古屋を拠点に街のスナップを多数発表、貪欲に人ごみに入っていく撮影スタイルから写された名古屋の風景は、見る者に新鮮な印象を与える。
近頃はポートレイトにも興味を持ち、今の作風に加えたいと考えている。

うつゝ,八木玲子

うつゝ
八木玲子
   

女性が髪を切るということ。
それは過去と決別し、新しい自分を迎える行為。これは、画家「古林希望」が3度目の脳腫瘍の手術に挑むための断髪式。命の保証さえも出来ないと言われた手術を前に彼女はひとつの決意をする。
「これですべてを終わらせる」
1人の女性が死の恐怖と向き合い、乗り越えた瞬間がここにある。
2014 PX3 PRIX DE LA PHOTOGRAPHIE PARI'SのBook Documentary部門Honorable Mention受賞作品。

トーキョーロマンチカ,山下 忠志

トーキョーロマンチカ
山下 忠志
   

長年、東京の街をモノクロで撮ってきた写真家が満を持して発表したカラーによる作品。
その艶やかな色彩は、写真家が生まれては消えていくペラペラの雑誌のような存在と言った、リアリティの希薄な東京の街によく似合う。
かつてモノクロで力強い作品を発表してきた写真家が、今までの作風に鮮明な色彩を加えることで新たな表現を手に入れた。
写真家の新極地を開いた作品。

©TOKYO,オカダキサラ

©TOKYO
オカダキサラ
   

「コピーライト トーキョー」。
写真は、あくまでコピーであるから私は日常を複写しているにすぎない。現実の世界がこんなにも面白く、そして素晴らしいということを伝えたい。と写真家は語った。日常の中で遭遇するちょっとおかしな光景をユニークな視点で切り撮った彼女にしか撮れない世界。
過去7年で発表した11冊の自主制作の写真集ZINEはすべてSOLD OUT。6月の個展に合わせて、待望の初の写真集も発売予定。

Tokyo Spiritual,鈴木 信彦

Tokyo Spiritual
鈴木 信彦
   

東京、夜の渋谷。
15年...写真家は15年、この街の夜の景色を撮ってきた。
なぜ渋谷という街に拘るのか?
写真家は渋谷に集まる若者たちの表情に惹かれるのだという。日本中から絶えず若者が流入し続ける街、渋谷。都会の夜の喧噪の中で、彼らが垣間見せる孤独感や寂しげな表情は都会に生きる誰もが抱いてきた感情。写真家はそんな街で生きる若者たちの姿を劇的なまで鮮やかに切り撮った。

American Monuments,楠 哲也

American Monuments
楠 哲也
   

「すべての写真はポートレイトだと思う。」写真家はそう語った。
この作品は自らの写真家としての活動の再生のため、アメリカへと旅立ったことに始まる。バンクーバーから始まったその旅は、アメリカ西海岸を中心に1万キロに及ぶ撮影旅行となった。そこで出会ったのは、社会の下層に位置しながら自由に生きる人々。写真家は彼らと向き合うことで、己の常識という枷をはずし、写真家としての再生の一歩を刻んだ。

細胞 -cell-,椿 久美

細胞 -cell-
椿 久美
   

カメラの前で自分をさらす。
それは日常の中で付けている仮面を剥ぎ取る行為。
写真家はスローシャッターで自分自身を撮る。
撮られた被写体はまるで幻のようにぼんやりと画面の中を漂い、それでいて確かにその瞬間にそこにいたという痕跡を残す。
写真家は、あの瞬間に、そして今この瞬間に自分が存在した証として写真を撮る。

時の署名/Chronosignatures,村山 康則

時の署名/Chronosignatures
村山 康則
   

その壁の傷は、いったい何時ついたモノだろうか?
過去から未来へと続く「時の中」で、人が子供から大人になり、そして年老いていくように、この世にあるすべてのモノは、その流れに抗うことは出来ない。それは人工物も同じことで、そこには産まれてから現在までの歴史が刻まれる。そして、写真家は何げないモノに惹かれるようになったという。そこに刻まれた歴史から過去に想いを馳せる。

いつかかわっていく景色,八木 香保里

いつかかわっていく景色
八木 香保里
   

「変わらないこと」と「変わること」。
絶えず流れて行く時間の中で、眼の前の景色は不変ではありえない。それは人の気持ちも同じことで、私たちは過去から未来へと続く道を引き返すことはできない。
しかし人は、いやだからこそ過去を懐かしみ、変わりゆく景色に過去を重ね合わせる。
写真家は「いつかかわっていく」眼の前の景色を、感情を、丁寧に写真に収めた。

霧の中できつねが吼える,足髙 七生子

霧の中できつねが吼える
足髙 七生子
   

タイトルはキャサリン・ダンの著作「異形の愛」の一文から得た。
その一文に出会った時、写真家の中で今まで撮ってきた写真が形を成してきたという。
霧とは現代に生きる自分そのもの。その先の見えない景色の中で、写真家は何を探すのか?
街中で耳を澄ませるときつねが吠える声が聞こえる。それは街に潜む野生そのもの。写真家はその声に出会うため、今日も街を彷徨う。

In Between,竹沢 うるま

In Between
竹沢 うるま
   

1021日、103の国々を旅した写真家がとりわけ魅了された国「キューバ」。
旅を終えた写真家は再度「キューバ」に訪れた。この国には訪れた人の心を揺さぶる熱い力がある。
写真家は疾走感溢れるこの国のリズムを大胆な描写で表現した。
木村伊兵衛賞の最終選考に残った前作「Walkabout」から2年、新作写真集「Buena Vista」も好評な今注目の写真家が挑む新極地。

border line,村上 由希映

border line
村上 由希映
   

思い出すのは6年前に亡くなった父のこと...
写真家は、カメラを始めるきっかけを作ってくれた父に会いにいく心の旅に出た。
そこは、まるであの世とこの世の狭間のような霧に覆われた幻想的な風景。写真家は静寂の中で父の呼吸を感じる。
12月より奈良県大和郡山に、自身が代表を務めるギャラリーをオープン。奈良で誰もが写真を楽しめる居場所を目指す。

ニガヨモギの星の下,腐肉 狼

ニガヨモギの星の下
腐肉 狼
   

1986年4月26日。
当時のソビエト連邦で起こったひとつの事故が世界を変えた。
ここは「チェルノブイリ」。
かつて5万人近くの人々が暮らしていた街は、まるで一夜にしてゴーストタウンになったかのように人の存在だけがかき消されている。
今も居住が禁止されているその地は、風化されていく人々の記憶に抗うかのように、ひっそりとかつての街の面影を残していた。

はじめましてとさようならの間,滝沢 たきお

はじめましてとさようならの間
滝沢 たきお
   

出会いと別れはなにも人に限ったことではない。
それはいつも見ている通勤風景かもしれないし、ふと見上げた時の夕暮れかもしれない...
私たちの暮らしている日常には同じ光景は一度たりもなく、すべてが一期一会の出会いと別れ。
写真家はそんな日常の小さな出会いと別れを丁寧に切り撮った。
2015 第4回キヤノンフォトグラファーズセッション キヤノン賞(ハービー山口氏推薦)受賞作品。

ロマネスク上海,中田 博之

ロマネスク上海
中田 博之
   

写真家曰く、人の生死も金で決まってしまうのが中国という国らしい。写真家はそんな過酷ともいえる中国の上海でストリートフォトにこだわる。「Street」という言葉の裏には、人が生れ落ちてからこの世を去るまで、その流れの中で自分の身の回りにおきた事象全てが対象でもあるのだと考える。そして、写真家はそのごくごく一部を掠め撮る。
今年に入りFacebookで数々の作品を発表して、注目度急上昇の上海在住16年、孤高の日本人ストリートフォトグラファー。

あまくもの,井上 尚美

あまくもの
井上 尚美
   

阪神淡路大震災の直後、当時高校生だった写真家は、通学路だったまだ地割れのする河川敷を歩きながら短歌を詠んだ。
時を経て、写真家はカメラを持ちその河川敷に立った。
地割れがひどかった場所はすっかりきれいになっていたが、柔らかな日差しと心地よい風は変わっていなかった。写真家は当時と今の思いを重ね合わせながらシャッターを切った。
2014 キヤノン写真新世紀 佳作(佐内正史氏選)受賞作品。

cube,Rieko Honma

cube
Rieko Honma
   

こちら側とあちら側...
人々は精神と現実の狭間で生きている。
その境界線は肉体かそれとも心か?
見ることのできないその境界線は、せわしなく生きる今の人々には不確かなモノに感じられる。
写真家は「cube」を使い、この世界にある見えない境界線を表現した。
2015御苗場vol.16横浜、レビュアー賞(寺内俊博氏選定)受賞作品。

OFF SIDE,石黒 興作

OFF SIDE
石黒 興作
   

すべての写真はセルフポートレイトであると思う...
写真家はそう言った。
カメラを通してみる世界は、もう1人の自分を写す鏡。
愛しい人を撮るその向こう側に、真の自分の姿が写り込む。
写真家は愛しい人を、自分に重ね合わせるようにシャッターを切った...
大阪・瓢箪山の「Gallery Hommage」代表。

norden,武田 恭治

norden
武田 恭治
   

太陽の光が優しい。
北欧の国々は冬の間、日照時間が短い。ゆえに北欧の人々の太陽の光に対する感謝の念は強い。そのせいだろうか、街を照らす光も人を愛おしむように優しく感じられる。古くも整然とした街並はその優しい光を受けて、見る者の心を落ち着かせる。
nordenとはスウェーデン、フィンランドなどの北欧の国々を指す。写真家は北欧の街並をその空気感とともにフィルムに焼き付けた。

#nowplaying,えりねぇ

#nowplaying
えりねぇ
   

街は音楽で溢れている。
私たちが普段見落としがちな何げない生活の中でも、目を凝らし、注意して耳を澄ませば、さまざまなメロディをもった景色が見つかる。
これは家の周りの約600m小さな世界。
かつて歌手としてステージに立っていた彼女は、自分の身の回りにある小さな幸せを写真という譜面に残した。
全編スマートフォンで撮られた作品。

「肖像」&「人間図鑑」,内倉 真一郎

「肖像」&「人間図鑑」
内倉 真一郎
   

この作品が通常のポートレイトと違うのは、被写体に写真家がイメージした役を演じてもらうこと。写真家が被写体を選ぶ基準はその人にエロスを感じるかどうかだという。被写体は自分という殻を破り、演じることにより自分の本性を垣間見せる。
写真評論家の清水穣氏の企画展でも発表された2010年、2011年写真新世紀佳作受賞作品&清里 フォトアートミュージアム ヤングポートフォリオ収蔵作品。

発光幻肢,木村華子

発光幻肢
木村華子
   

私にとって「写真を撮る」は、石を拾う行為に似ていると彼女は言った。日々石を採集するように写真を撮り、集めた石を手元に置き選り分けていく。
そうやって選び出したいくつかの写真を眺めていると、彼女の中に突如「発光する幻肢をもつ男」がいる情景が現れた。彼女は日に日に自分の中で大きくなっていくその世界を確かなものにするために写真で補完し、作品に息を吹き込んだ。

PORTRAIT,マッシュ

PORTRAIT
マッシュ
   

ポートレイトは被写体との人間関係が問われる写真だと言われる。
写真家は何げない気持ちで自分の父を撮影した。ほとんど一瞬で終わったその撮影が写真家のその後に強く影響を与えることになる。
そこには傑作といえる写真が写っていた。悠然と息子を真っすぐに見つめるその眼差しは他人には踏み込めない親子の絆が感じられた。
「お前がこれからも写真の道を進むなら、この写真を越えていけ」そんな父からの宿題に思えた。

無音の声,杉野 敬祐

無音の声
杉野 敬祐
   

ここは宮崎県延岡市。
写真家は豊かな自然の中で自分と向き合い、耳を澄ます。街灯がひとつもない真っ暗な夜に身を委ね感情のないモノの声を聞く。眼の前の風景は自分の感情と結びつき強く何かを訴えかけてくる。
大阪で写真学校を卒業した若者は周りが都会を目指す流れに逆らうかのように、あえて地方に拠点を移した。皆が同じ方向を向いていてもつまらない。写真家は地方にいることで撮れる写真を模索する。

Punctum,野坂 実生

Punctum
野坂 実生
   

ある風景を見たときに自分の記憶や過去に好きだった短歌や物語の一節、そして音楽が降りてきて眼の前の風景と結びつくんですと写真家は言う。
punctumとはラテン語で「一般的関心を破壊する要素」という意味。
写真家は一般的な概念を排し、森の静寂の中で自分の感情を重ね合わせる。
ああ、確かに...
この写真からは詩(うた)が聴こえる...

moment,内田 真里

moment
内田 真里
   

写真家がシャッターを切るその瞬間は必然であって必然でない。
私たちが生きているその膨大な時間(とき)の中でたまたま写真に収めるという偶然の産物。
その時、たまたまそこにいたという偶然とその瞬間にシャッターを切ったという必然。
写し出された光景は幻のように儚くも強く悲しく美しい...
写真家はその切り撮ったそれぞれの瞬間を丁寧に紡ぎ、明日へと繋げる。

MOSAIC BUNDI,桑原 雷太

MOSAIC BUNDI
桑原 雷太
   

その昔、カメラがまだ普及していなかった時代、写真を撮られるということは特別なことだった。カメラの前ではみんな笑顔だった撮る側と撮られる側の幸せな関係。
人にカメラを向けることで緊張と摩擦が起こるようになったのはいつからだろうか?
インドの北西部にブンディという町がある。その町の人々は訪れた人を暖かく迎え、カメラの前で微笑んでくれる。今の日本人が忘れてしまった感情がここにある。

ここにいる、カメラをもっている、しゃしんをとる,西岡 潔

ここにいる、カメラをもっている、しゃしんをとる
西岡 潔
   

写真家はふと目に留まるものに呼吸を合わせるようにシャッターを切る。日常の中で出会ったなにげない空間、時間、人間...
それは自分の奥深くに刻まれているモノを掘り起こすような不思議な感覚。
眼の前の光景を「間」として捉え、間と間にある時間の概念ない景色を描いた、三木淳賞奨励賞を受賞した「マトマニ」の世界をさらに押し進めた写真家のひとつの集大成。

カタログギフト,菊月江

カタログギフト
菊月江
   

いかに頭の中のイメージに写真を近づけるか...
自分にとってカメラはそのための道具だと写真家は言った。
まるでキャンバスに絵を描くかのように、写真家は光を自在に操り、トイカメラで夢を現実に蘇らせる。 
大阪・南船場のギャラリーアビィ主催、「第8回ギャラリーアビィ・オールスターズ戦」で1位に選ばれた作品を含む、写真家が拾い集めた光の結晶。

イロマチズム,土佐 和史

イロマチズム
土佐 和史
   

「色街」。
かつて日本に多く存在した遊郭。
写真家は日本各地の「イロマチ」を巡り、そこに働く女性を撮影してきた。一期一会の出会いの中で写真家が感じたのは、都会の女性にはない彼女たちの純真さと情の深さ。写真家はそんな地方で生きる彼女たちの飾らない表情を捉えた。
2015 コニカミノルタフォトプレミオに入賞を果たした、今注目の写真家によるドキュメンタリー・ポートレイト。

日々のかけら,古川 亜希子

日々のかけら
古川 亜希子
   

息子が3歳になったとき、撮影の旅に出ようと写真家は海外に飛び出した。
以来、長年愛用しているローライフレックスを片手にフランス、ハワイ諸島のカウアイ島、スリランカを訪れ心に残る風景を撮影してきた。旅という非日常の中で写真家の心を捉えたのは、その土地で生きる人々のなにげない日常。旅は「日々のかけら」が宝物だと教えてくれた。

東京落日,山下 忠志

東京落日
山下 忠志
   

長年、東京の街を撮ってきて、かっこいいおっさんが減ってきたなと写真家は感じるという。それは不況の影響だろうか?街からギラギラした人が少なくなった。
東京という絶えず新しいモノが流入する街の中では、人も消費されているモノの一部なのかもしれない。華やいだ都会の光と影。写真家は東京の街に生きる人々の人間模様を力強いモノクロで表現した。

佳子,内倉 真一郎

佳子
内倉 真一郎
   

その少女はまるで人形のように街角に立つ。
和服を着て、薄化粧を施した佳子。
子供らしい表情が消えた少女の面影はどこか狂気に満ちている。まるで置き忘れられた日本人形が持ち主の帰りを待つかのように、誰かに拾われるのを待つかのように、少女は街角に立ち続ける。
2013年度写真新世紀佳作(椹木 野衣 選)受賞作品。

Between the Senses,小林 健司

Between the Senses
小林 健司
   

写真を撮るということは「他者と繋がる」ための手段だったと写真家は語った。
孤独や葛藤を抱えながら現代の都会に生きる同世代の若者たちと出会い、同じ時間を共有することによって生まれる信頼感。写真家はお互いの心の共鳴を感じたとき、静かにシャッターを切る。
街に生きる若者たちの肖像。

Dew Dew, Dew Its,田中 ヒロ

Dew Dew, Dew Its
田中 ヒロ
 

この作品は写真家がアメリカのロックバンドのツアーに同行して撮ったもの。ライブとパーティーに明け暮れ、 疲労と二日酔いのまま街から街へ移動して行くミュージシャンたちの高揚感と倦怠感。彼らのお祭りのような日常の光と影を、写真家はフラッシュを効果的に使うことにより見事に撮り分けた。
フランスのShashin Book Award 2014 受賞作品。

The Lost Days,後藤 雛乃

The Lost Days
後藤 雛乃
   

舞台は東京の下町。
人の気配がかき消された町並みはまるでゴーストタウンのよう。
写真家は若い頃、東松 照明氏に強く影響を受けたという。 モノクロームで、ハイコントラスト、そしてエッジを効かせたシャープネス。その見る者にピンと背筋を伸ばすような緊張感を与えてくれる描写は、まるで冬の街を歩くようなひんやりとした心地よさを思い起こさせる。

wonderland,takamoto yamauchi

wonderland
takamoto yamauchi
 

東京、デンマークのコペンハーゲン、そしてイタリアのコルトナ。
3つの都市を結ぶ現代の童話。
写真家はそれぞれの街で見つけた断片から街の童話を作り上げ、現実の世界からwonderlandへと続く扉を開いた。
自身が親交のある世界最高の報道写真家集団Magnum Photo所属のJacob Aue Sobol氏との合作を含む三都物語。

lines,開道 孝之

lines
開道 孝之
   

世界は点と線でできている。
一見、見過ごしがちな私たちの周りの世界は不思議なほどに他との均衡が保たれている。それは自然物、人工物を問わず世界のあるべき秩序を示しているようだ。
写真家はそんな見慣れた景色の中にある幾何学的で連続性のある世界を鮮やかに写し撮った。

ハチのムサシは死んだのさ ~プロローグ,石黒 興作

ハチのムサシは死んだのさ
~プロローグ
石黒 興作
   

この作品は1970年代初頭の歌謡曲「ハチのムサシは死んだのさ」に触発された写真家が来年の個展のプロローグとしてまとめたもの。
ストーリー性を強めるため、モデルには配役をし、ひとつの小劇を創り上げるように撮影していく。その劇的な演出と個性豊かな登場人物が見る者の心を捉えて離さない。

elsewhere,宮﨑 万純

elsewhere
宮﨑 万純
   

止めることができない時の流れの中で、写真家は愛しいものすべてをつかまえておきたいと願う。
だが、その願いとはうらはらに時の流れは残酷なまでに現実を変えていく。
だから彼女はelsewhere(どこか他の場所)を探し求める。そこは愛しいものすべてがとどまり続ける桃源郷。

樹々万葉(きぎのよろずは)[ Life of Silence ],浜中 悠樹

樹々万葉(きぎのよろずは)
[ Life of Silence ]
浜中 悠樹
   

街で暮らしていると自然に触れる機会は少ないと感じる。だが、街中の樹々もよく観察してみると四季折々の表情が見えてくる。新芽の生吹から枯園へと流れる生命の営み。
写真家はその姿を大胆なアングルと構図で幾何学的に写し撮った。
第35回写真新世紀 優秀賞(HIROMIX選)作品。

Sand Timer,松田 和弘

Sand Timer
松田 和弘
   

その色褪せたフィルムのような描写はどこか昭和の時代の匂いがする。
この光景が懐かしく感じられるのは、見る人の記憶に触れる何かを写しているからだろうか?
夏の海。ギラギラ照らす太陽と磯の香り。それは誰もが経験してきた夏の記憶。
写真家はそんな夏の華やいだ光景を情感豊かに、それでいて遊び心豊かに描き切った。

Compartimos,水渡 嘉昭

Compartimos
水渡 嘉昭
   

タイトルの「Compartimos」は、スペイン語で「分かち合う」という意味。
ラテンアメリカを訪れた写真家はそこに住む人たちの人として正直に生きている姿に感銘を受ける。
感情豊かに自然の中で生きている彼らとその純朴な人柄に、写真家は惹かれた。
ラテンアメリカで暮らす人々の良質のポートレイト。

また始まること,kanaho*

また始まること
kanaho*
   

「癌」。
どんなに医学が進んだ現代にあってもこの病気を聞いたときの衝撃はいささかも衰えることがない。
写真家は34歳という若さで癌を患った。術後、自宅療養を経て社会復帰した彼女は、日々の生活を写真に収めていく。徐々に回復していく実感と、再発への不安。そして普通の生活に戻れる喜び。今までと同じなのに全く新しい世界が彼女の前に拓かれた。
これはひとりの女性の再生の日記。

0 -rei- 改崎 万里愛

0 -rei-
改崎 万里愛


"0"は数字のゼロを指す。
それは、美しく、透明で無いのに有る平和な形。
写真家は変わりゆく世の中で、永遠を探しているという。写真で時を止めることにより、美しさを永遠に残したいと願う。
撮られたのはまるで夢の中かと思われるような美しい光景。写真家が望む静寂の世界がここにある。

A Blank 黒髪 祥

A Blank
黒髪 祥


写真はあくまで撮影者の主観で撮られたものであるけれど、その主張が強すぎると見る人に拒否反応が起こってしまうことがある。同じ写真を見ても感じ方は「十人十色」。
だから写真家はいつしか余白を意識するようになったという。作品として完成させることより、見てくれる人が感じるスペースを空けておく。そして「写真」は見る人の感情を取り込んで「作品」となる。

Mr.Liberty シノハラユウタ

Mr.Liberty
シノハラユウタ


この作品は写真家の記念すべき第一作目の写真集からの作品。
2年前、写真家は初めて写真集を作った時に「自由」という言葉が思い浮かんだという。
モノクロでハイコントラスト。
そんな縛りの中で自由に表現すること。スナップの名手が今のスタイルを確立した記念碑的作品。
来月6月より京都で待望の個展を開催!

~になる 井上 智象

~になる
井上 智象


写真家はふとしたことから一日に一枚だけリバーサルフィルムで撮り始めた。
日常の中で気になった一瞬を一枚だけ写真に収める。その何げなく撮られた一日の記録は連なることにより存在感を増していき、写真家そのものを写す鏡となった。

Progress middle 小林 奈々美

Progress middle
小林 奈々美


始まるものと終わるもの。
写真家はかつて生まれ育った街を訪れた。賑やかだった街は住人の高齢化により活気を失っていた。
写真家はその街で今も暮らす親の姿から変わりゆく街とそこにとどまる人の難しさや寂しさを感じとった。
そう、世の中にはとどまっているものはひとつもなくて、私たちはいつも経過途中にいる。

通勤経路 奥山 哲郎

通勤経路
奥山 哲郎


毎日同じ時間に電車に乗り、同じ道を行く通勤経路もカメラを持って観察すると同じ繰り返しではないことに気づく。
日々の生活の中で起きたささやかな瞬間をユーモラスな視点で切り撮る。
写真家はその一期一会の瞬間を美しいモノクロームの世界で表現した。

はいらないで フチタカツコ

はいらないで
フチタカツコ


子供の写真でよく見られる笑ったり、泣いたりしている写真は本当の子供の姿を写しているのだろうか?
そう疑問に思った写真家が親としての存在を意識させないように、慎重に距離をとりつつ撮影した記録の日々。
そこには、自分たちだけの世界があることに気づき、戸惑いながら親に反発する。等身大の子供たちの姿があった。

De tours les jours 竹中 みなみ

De tours les jours
竹中 みなみ


タイトルはフランス語で「日常」という意味。
私たちはモノを見る時、自分自身の感情と切り離して見ることはできない。つまり、人は自分自身の「日常」というフィルターを通してその風景を見ている。
「そのとき見える景色は、見えているものだけではない」
と言った写真家の言葉が強く印象に残った...

μ [mju:]
カマウチヒデキ


皮膜という自分の肉体を覆う一枚の皮は、自分と世界を隔てるあやふやな線でもある。人はその皮膜の摩擦から外の世界を感じとる。それは、ただの振動か、もしくは親和か、または違和感であろうか。
写真家は己の肉体が世界に触れるその感触を残していく。

懐旧
かすやたかゆき


街でふいに出会う懐かしい風景は、子供の頃の記憶だろうか。あの頃に戻りたいとは思わないのは、自分が大人になりすぎたせいだろう。かつて自分がいたかもしれないその風景は、もう二度と出会うことはないかもしれない。だから写真家はシャッターを切る。その記憶を忘れてしまわないように...

心の彼方 -Beyond the soul-
松井 泰憲


その瞳は人間的でどこか寂しげだ。野生という本来生きていたはずのフィールドから遠く離され、動物園という閉じ込められた空間で生きている動物たちはどんな思いで生きているのだろう。
その物悲しい瞳は野生の鋭さが失われていく本能の悲しみなのだろうか?
モノクロームで構成された作品が美しい、写真家と動物との対話。

They are the stories of individuals
米田 英司


いつも何げなく通勤、通学に使っている電車にはさまざまな人がそれぞれの人生を背負って乗り込んでくる。
そう考えるとこれほど一期一会的な瞬間はないだろう。同じ車両に乗ったのは、ただの偶然。そこから何が生まれることはなく、人はそれぞれの生活に戻っていく。
だからこそ写真家はその瞬間に惹かれるのだと言った。

Moment
音田 佳菜子


女子高生。
女性なら誰もが一度は通って来た道。
あの頃は早く大人になりたかった。
けど、大人になった今あの時代は特別だったんだと気づく。
危うさと儚さ。
大人と子供の狭間で揺れる彼女たちの感情に触れて、ハッとする。
そう、私にもこんな時があったのだ。でも、あの頃に戻ることはもうできない。ならせめて、その瞬間だけでも写真に残したいと私は願った。

おばあちゃんコレクション
松田 リコ


おばあちゃんしかいない。
ここは清流四万十川で知られる高知県四万十。若者は都会へ行き、男は街に働きに出た。
気がつけば、おばあちゃんしかいなかった。だが、おばあちゃんには取り残されたという悲壮感がみられない。生まれ育ったこの土地で生きること当然と思い、土地に根ざして明るく元気に生きている。
日本の田舎はこういうおばあちゃんによって守られている。
おばあちゃんは偉大だ!

ひとぼし
井上 尚美


人は死んだらどこへゆくのか。
普段、都会で生活をしている私たちは伝統的な風習になじみが薄い。
しかし、日本にはまだ古くから伝わる風習を大事に守っている地域がある。
淡路島では、初盆のことを「ひとぼし」と言う。
毎年お盆には、住民が海に集まり、 皆で初盆の霊を弔う。
守っていきたい日本の風習がここにある。
2012 MIO PHOTO OSAKA 公開ポートフォリオ・レヴュー選考 (選考:写真家 今森光彦氏)で選ばれた作品。

Leave one's traces
小松 里絵


雪を見て嬉しい気持ちになるのは、あまり雪が降らない関西で育ったからだろうか?
まっさらに積もった雪に自分の足跡を残していく。
そんな単純な行為ひとつをとっても、なにか特別なことのように思えてしまう。
明日には消えてしまう自分の足跡を残してなんになる?
私はただ、今日という日にそこにいたという痕跡を残しておきたかっただけ...
宝塚メディア図書館 ZINE / BOOK GALLERY ! 2013 入賞作品。

オフショット
四方 花林


愛しい人を撮る。
写真家は自分でしか撮れない写真とは何か?と自分に問いかけ、 この作品を撮りだした。
キレイなモノは誰が撮ってもキレイに写る。
なら、自分の大事なモノと向き合っていこう。
それが自分だけができる写真だから...
まだ誰にも見せたことのなかった写真家の新境地を初公開!

白河夜船
篁 ゆかり


どこまでも青く、夢と現実の境目さえ気づかぬように...
なんと印象的な青だろうか。
まるでどこか遠い海外の風景を見ているような写真だが、撮影地は日本。
元舞台照明家という異色の経歴をもつ写真家は、自らの感性という青い照明を使い、
日本の海岸を誰も見たことのない舞台に作り上げた。

うららか
山本 真有


使い余った食材から芽が出ていた。
そんな経験を誰もがしたことがあると思う。
では、そんな植物をじっくり観察したことはあるだろうか?
生まれ育った土とも切り離され、生きる糧である水もない世界で、最後の瞬間まで懸命に生きる。
写真家はそんな彼らの美しい姿を愛情豊かに写し撮った。
見る者を優しい気持ちにさせてくれる「植物のポートレイト」。

border
前川 俊介


境界線...
写真家はあることをきっかけに、この世界の見えない境界「線」を感じるようになったという。
それは国や街との境のようなものから、人と人との間にある「線」まで。
私たちの周りにはさまざまな「線」が張り巡らされ、時には見えない壁として立ちはだかる。
そんな見えない「線」に怯え、それを乗り越えようとした写真家の葛藤の記録。

Salaryman's life
~リーマンズライフ 2013~
ヤマオカ マヒト


写真とは、単なる事象のコピーでしかない。
そう言った写真家が目指すのは、 写真をテキストを補う「挿絵」として使う「写真文学」。
写真は日常のコピーであり、同時に、心象風景のコピーだという。
写真家は撮影することにより、己自身を晒けだす。

Between Here and There
尾﨑ゆり


こちらとあちらの間。
写真を撮るという行為は、眼の前の光景の時間を止めるということ。
写真を撮る前と後の世界。
シャッターを切る時に起こる永遠に続くかのような静寂...
それは不思議な世界へと続くワンダーゲイト。

NoRa / monochrome
Kousaku Ishiguro


写真を撮るにおいて、森山大道氏に影響を受けたという。
森山氏は「犬の記憶」に代表されるように、野良犬のように街を徘徊する撮影スタイルだが、
こちらは野良猫スタイル。
自身も愛猫家という写真家は気ままに生きるNoRaたちに、
愛情と親愛の念を抱きつつシャッターを切る。

片隅
崇裕


日々の忙しい日常で見落としがちな小さな世界。
道の片隅に咲く花は立ち止まり、しゃがんでみなければ気づくことができない。
写真家はその鮮やかに、そして逞しく生きている小さな生命を丁寧に写し撮った。
長年、花の写真を撮って来た写真家の一つの到達点。

空(くう)
みやび


憧れの京都に移り住んだ写真家が街で出会った素敵な恋。
もう閉店したと思われる店のガラス戸に毎日現れるブルドック。
彼女はその犬に勝手に「空(くう)」という名をつけ写真を撮りだした。
「空(くう)」は寝たい時に寝て、食べたい時に食べて、 ガラスの前に人が来ても知らんぷり。思うがままに生きている。
遮るのはガラス1枚。でもその距離はあまりに遠い...
さてさて、彼女の思いは届くのか!?

さかなのタセット
藤田 莉江


例えば、皆が寝静まった家のなかで、耳を澄ましてみるといい。
無音に思えた室内からかすかな音が聞こえるだろう。
それは電気の作動音かもしれないし、植物の息づかいかもしれない...
その気配は家のなかだけではなく、街にいてもふと気づくことがある。
写真家はそんな瞬間を録音するかのようにフィルムに収める。
その音のない音の風景は重なることにより、その存在を増していき、見る人の心を捉えて離さない。

恋人
久保 和範


父が娘を撮る。
子供が成長していく瞬間に魅せるその豊かな感情は、
大人が失っていったもの。
たくさんの出会いに恋しながら成長していく娘の姿は、
見る者に一日一日の大切さを教えてくれる。
娘への温かな愛情が写真から溢れ出す。
これは究極の家族写真。

Landscape#000
牧野 孝彦


写真を撮ろうと思うとき、自然と向き合うことが多いという。
前日の夜から山に入り、夜明けとともに撮影を始める。
かつては、静寂に満ちたモノクロームのファインプリントを目指したが、
試行錯誤のなかで現在の表現方法に行き着いた。
まるで水墨画のような色の濃淡、にじみ、かすれ...
それは誰もがかつて見たような、記憶の琴線に触れる懐かしい写真。

= ≒ ≠
上村 千恵子


「イコール、二アリーイコール、ノットイコール」
それは写真が写し出す、現実の世界、現実によく似た世界、
そして現実ではない世界。
写真家が撮る世界は現実の境を超え、深遠な世界に辿り着く。
念願の東京での個展も開催した 今、注目の写真家の作品を見逃すな!

CROSS RANGE
シノハラユウタ


目指したのはフィルムの粒状性を超えるもの。
銘機GRデジタルを駆使して街を切り撮る狩人。
カメラを持ったとき、
誰もがぶつかる街で人を撮る難しさという壁を、 写真家は軽々と乗り越える。
スナップの名手が放つ渾身の作品!

wondergate
吉田 泉


その風景はまるで夢の中かのように、静かで、人の気配が感じられない。
それは写真家のかつての記憶なのだろうか?
それとも、写真家の精神世界なのだろうか?
その世界は不思議な落ち着きと捉えようもない怖さの微妙なバランスの上で成り立っているようだ。
レンズの向こうの世界、それは記憶の底へと繋がるパラレルワールド。

I know~
辻 まゆみ


帰り道に空を見上げるのが好きだという。
夜、空の写真を撮っていると、
なにかに呼ばれたかのように地上の景色に眼がとまる。
感じたのは光なのか?闇なのか?
そして写真家は空に憧れつつ、足元を愛おしむ。
モノクロフィルムで作品を発表してきた写真家が久しぶりにデジタルで撮った意欲作。

昨年の写真と今年の写真を少々。
okajimax


「デジタルを始めたとき、フィルム時代に撮ったネガもプリントも全部捨てたんです」
写真家はこともなげにそう言った。
過去の実績や感傷にも捕われず、前へと進むそのエネルギーを写真から感じとってほしい。
過去に約10年間写真活動を休止していた時期もあった。
「だから、一度死んだんです。そして生まれ変わった」
壮年の写真家はそう言って少年のように笑った。
今年で13年目を迎える大阪・江戸堀のビーツギャラリー代表。

ユージュアル・エブリデイ
吹雪 大樹


過去に、病を患ったことにより、それまでの柔らかな描写から
死生観を漂わせる作風に変わったという。
その視線は、なにげない日々の幸せとそのはかなさを 見事に写し撮った。
使うカメラは一貫して中国製トイカメラのHOLGA。
その愛着ぶりは自身で「HOLGA会」を主宰するほど。
ご存知、大阪・南船場のギャラリー・アビィ代表。

補集合
山本 瑞穂


どんよりした天気が好きだ。
晴れた日は影が出てモノ本来の姿が隠れてしまう気がすると写真家は言う。
そのぼんやりとしながらも芯のある描写は見る者の琴線に優しく触れる。
カメラはコニカミノルタα-7 DIGITAL。
レンズは50mmのマクロ。
ずっとそれだけで撮ってきた、これだけで十分ですと写真家は笑った。

マチノファスマ
三保谷 将史


タイトルの「マチノファスマ」は写真家が子供の頃に印象に残っていた昆虫の名前からの造語。
写真を撮る行為は子供の頃の昆虫捕りに似ている。
それは探して、捕まえて、誰かに見せる。
その行為が楽しいこともそっくりだと写真家は言う。
写真を撮ること。
それは身近に潜んだモノを探す大人の宝探し。

ニューヨークの静かな夜
小林 拓


昼間とは全くちがう表情をみせるニューヨークの夜。
静寂に包まれたモノクロームの世界が見る者を
遠い異国の世界へといざなう。
長年ニューヨークに在住していた写真家の積年の記録。

叙情寫眞
カマウチヒデキ


その深みのある色に眼を奪われる。
バラバラに見える写真が線のように結びつき
「叙情」の世界が広がっていく。
あえて古典的な写真作法で綴った写真家の心象風景。

スナップショット
Yusuke Sakai


その計算し尽くされた画面構成力は
いったいどのようにして生まれたのか?
まるで鳥のように上空から俯瞰して撮られた写真は
地上から見る風景とは全く異なる表情をみせてくれる。
圧倒的な完成度で魅せる写真家の渾身の作品。

呼吸
村上 由希映


大阪から奈良に拠点を移して作品を発表し続ける写真家は、
自ら愛して止まないという奈良での生活の日常を
四角い世界で表現する。
そのやわらかな光のなかで撮られた作品は
見る者を優しい気持ちにさせてくれる。

然れど
AZIHO


生まれ育った京都・福知山で写真を発表しつづける写真家AZIHO。
豊かな自然と温かい家族。
そんな彼女の当たり前で、
「然れど」
かけがえのない日常を綴った作品。

Time quest
小川 篤志


より鮮明に、その空気までも写したい。
中判カメラのハッセルブラッドに魅了された写真家は
デジタル化の流れを悠然と受け流し、
眼の前の風景をゆっくりと、
そして、確実にフィルムに焼き付ける。

unrealistic 02
谷口 拓郎


「unrealistic」ワールド!
写真家が出会った非現実的な瞬間を撮ったこのシリーズ。
2度目となる今回はその描写により磨きがかかり、見る者を引き込む。
海外で撮った作品の個展も成功し、今後更なる活躍が期待される写真家。

365日
清水 英毅


旅と料理を愛する吟遊詩人。
クラッシックカメラの銘機オリンパスOM-1、OM-2の使い手は、
旅先で出会った風景を優しいまなざしで、
静かに写し撮る。

一掬
reiko+


琵琶湖を拠点にピンホールカメラで作品を発表し続ける写真家reiko+。
デジタル全盛の時代にアナログの原点ともいえるその撮影方法で
撮られた写真が異彩を放つ。

cognitive dissonance
yumiyamane


日本からフィンランドへ、
そしてヨーロッパを巡る旅で写真家はなにを見たか...
モノクロームの世界が見る者を旅へといざなう。

無条件反射
東森 史郎


条件反射ではなく、無条件反射。
写真家が目指すのはカメラが自分と一体となる存在。
世界の各地で撮ったスナップをまとめた意欲作。

puddle.
諌山 亜由美


滋賀県在住の写真家。
その厳しくも豊かな四季折々の風景を撮影した作品は、見る者の心の琴線に触れる。

Time and Place
Tetsuya Nomura


そのエッジの立てたハイコントラストなモノクロ写真は、見る者の胸にビリビリと突き刺さる棘のようだ。その傷みは刺激という形に変わり、人の心に深い傷跡を残す。

more Beautiful/Dirtier
森 好弘


綺麗なものも、汚いものも、より魅力的に。
見上げた空のどこまでも続く青さも、道端に転がる空き缶も等しく美しく撮りたい。そんな写真家の思いが伝わってくる力作。

日々つれづれ
mikwonder

毎日の生活の中で見逃しがちなささいなこと。
道端に咲く花の美しさや日常にあるささやかな瞬間を写真家は記憶するように写真に収める。

our spring color
mako

春は花の開花の季節。
春になり咲き誇る花は街や山に鮮やかな彩りを添える。写真家は最も好きだというこの季節の色を鮮やかに描いてみせた。

ノスタルジア

Good ol'days
Takahiro Hirai

発見
芝 央也

unrealistic
谷口 拓郎

flexible
chari

flower
たなか りか

Nobody beats me
小林 拓

Message
出田 憲司

呼吸
西邑 由起子

鮮やかな暗闇
崇裕

あ、のとき
とろろ

夢と現実
西村 知沙

時間のかけら
mikwonder

Photo Arts
EB

思うままに、撮るままに
松崎 真子

くうかん
芝 央也

Untitled...
矢野 正勝

その光の向こうに...
小林 拓